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【clip@筋トレ事務局長】の筋トレ歴
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◆1985年4月 1年で10kgの体重増加
22歳の時に東京の専門学校を卒業して、写真スタジオにカメラマンアシスタントとして就職しました。
そこが車の撮影も受けている大手のところで、愛知県豊田市に度々、出張に行きました。
車という大きな商品撮影なんですが、体育館のようなスタジオで大きな10kgくらいあるライトを担いでならべたり、とにかく体力勝負のきつい仕事でした。
出張は一つのカタログができるまで1ヶ月くらい続き、ホテル暮らしで全部外食です。
1年で体重が53kgから63kgに太りました。
◆1986年4月 ボディビルのジムに入会
23歳の時、ボディビル界の百恵ちゃんと言われた西脇美智子さんに憧れ、渋谷の「ユニコーン」というボディビルのジムに入会しました。
重いライトを持ち上げたいのと、ろくに運動していなかったのでダイエットも目的でした。
マンションの一室で正直、とても狭いジムでした。
大河原久則さんという現役のボディビルダーがこちらのコーチでした。
初めてボディビル大会を見たのは実業団ボディビル選手権大会でした。
男が男に同性ながら憧れて、筋肉のカットに「切れてるー!すごい!」とか声援を送るのにびっくりしました。
その素晴らしさに、一生懸命、シャッターを押しました。
◆1990年2月 いきなりの賃金カット
私が勤務していた写真スタジオでは残業代が1時間1,000円支給されており、忙しい時期は10万円以上残業代がついていたのです。
それがいきなり、27歳の時に、会社の方針で残業代が一律3万円にカットされることとなったのです。
これでは、このまま高い家賃をはらいながら東京で働いていても生活ができないと思いました。
◆1990年4月 新潟に帰郷
そこで東京から生まれ故郷である新潟に帰郷しました。
実家にいた姉の紹介で、広告写真もやっている写真スタジオにも就職できました。
その後、真っ先に行ったのが、新潟で筋トレできるジム探しでした。
初めて見た実業団ボディビル大会に新潟の選手がいたのを覚えていました。
その会社名で調べたら「新潟トレーニングセンター」というボディビル専門で、フリーウエイトのあるジムがあり、早速入会しました。
幸いなことに実家から車で10分くらいのところにあり、とても良かったです。
◆1990年10月 ベンチプレス大会に初参加
入会してからジムの先輩会員にトレーニングのやり方を指導してもらいました。
東京のジムではマシンを使った安全なトレーニングがメインでした。
新潟のジムはバーベルにプレートを直接つけて扱うフリーウエイトのベンチプレスやスクワットなどの筋トレがメインで新鮮でした。
そんな折、新潟県で1990年10月に第1回新潟県ベンチプレス選手権大会が開催されることになり、私も初めて選手参加しました。
ベンチプレスを、それも女性がやるなんて・・・と珍しがられ、地元の新聞社が取材に来ていて、私の写真が新聞にも掲載されました。
父親が新聞を見てびっくりして「おまえは何をしてるんだ!」とあきれられました。
これをきっかけに、新潟のベンチプレスやパワーリフティングの大会に毎回出場するようになりました。
◆1994年2月 まさかの結核発覚
仕事もトレーニングも順調に進み、31歳の時にはフリーカメラマンとして独立までできました。
自宅を改築して写真スタジオもつくり、仕事も少しずつ入ってきていました。
忙しくなってきて、このままカメラマンとして将来も続けて行けそうだなと感じて安心しました。
ところが2月になり、微熱と咳があまりに続くので受診したところ、なんと結核と診断されました。
フリーカメラマンになったばかりなのに、目の前が真っ暗になりました。
3ヶ月入院、半年ほど療養生活を送りました。
◆1999年4月 新潟県パワーリフティング協会の事務局長就任
その後1年くらいはトレーニングは休みましたが、身体のためにジムに復帰しました。
その頃は大会出場はできませんでしたが、体力を取り戻すために軽い重量から筋トレを再開しました。
そんな折、当時のパワーリフティング協会の理事長からお声がかかりました。
なんと!「新潟県パワーリフティング協会の事務局をやってくれないか」と言うのです。
病気をしたばかりで今後は選手としてはもう無理かと思っていたので、とてもうれしかったです。
おかげさまで27年も経った現在も事務局長をやっております。
◆2000年4月 新潟県大会から全国大会へ
そうこうするうちに、ベンチプレスの全国大会で有名な選手が新潟にやってきました。
それまでは私たちも県大会しか意識していなかったのですが、この人の影響で全国大会をめざすようになりました。
◆2001年12月 全日本ベンチプレス大会や世界ベンチプレス大会に出場
その方に指導を受けて、私も全日本ベンチプレス大会に出場するようになりました。
38歳のときに2001年の全日本ベンチプレス大会に出場し、女子56kg級で2位となりました。
実は私が目指していたのは、世界大会代表になることだったのですが、本来は1位の選手でなければ出場できません。
1位の選手が世界大会代表を辞退したため、順位がくりあがり、私が日本代表選手として出場できることになりました。
12月にニュージーランドまで行き、女子56kg級で第6位、82.5kgのバーベルを挙げました。
これが生涯で一度の良い経験となりました。
◆2001年11月 トレーニング仲間と結婚
ちょっと話は前後しますが、このトレーニングの期間中、私を励ましてくれたトレーニング仲間の男性と結婚しました。
主人も私と付き合うようになってから、ベンチプレスをはじめて、一緒にマスターズのベンチプレス全国大会に出場するようになりました。
◆その後の進展
話は遡りますが、結核で入院していたことも悪いことばかりではありません。
そのときに、NHKの「パソコン教室」というテレビ番組を見て、退院後に早速Power Mac7100を購入し、毎日夢中になって操作しました。
また事務局長になったことで、パソコンを使った事務処理も増えてきました。
そこで挑戦したのがHP製作です。
2000年から新潟のパワーリフティング協会のHPの発信をはじめました。
その後、新潟県ボディビル・フィットネス連盟の理事になり、そちらのHPも製作し、インスタやFaceBookで情報発信しています。
このHP作りにはカメラマンとしてのキャリアも役に立っています。
◆私の願い
1992年に私のことを喜んでくれていた最愛の父が肺がんで亡くなり、2019年に主人まで肝臓ガンでなくなりました。(ビールの飲み過ぎで肝硬変から肝臓ガンに静かに進行していたようです。)
私も結核で長い療養生活をしていたので、健康のありがたみはしみじみわかります。
ですが、ウエイトトレーニングを続けることで心も体もとてもリフレッシュされて健康を保てることは知っています。
この大切さを一人でも多くの人に伝えたくて、メルマガをはじめようと思いました。
ネット社会で毎日机に座ってパソコンを眺めている方々にも簡単にできる筋トレ方法を伝え、健康な生活を保つ支援をしたいと思います。
63歳になった自分としても健康増進のため、トレーニングは続けています。
この秋には北信越ベンチプレス大会に選手復帰したいなと目論んでいます。
皆さんにもこの筋トレの楽しさを伝えて、健康になっていただければと願っています。
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私が実際に通ったジム、トレーニング経験
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◆ユニコーン(東京・渋谷)
23歳から27歳の4年間、こちらのジムにお世話になりました。
マンションの一室で狭いですが、スミスマシーンやケーブルマシーンがあり、女性でも軽い重量で安全に筋トレできる環境が整っていました。
ランニングマシーンが2機、ダンベルも1kgから30kgくらいまでずらりとそろっていました。
フリーウエイトのベンチプレス台も1台あり、重い重量を扱うときは、コーチの補助があり安心して取り組めました。
ダイエットと重いライトが持てるようになりたいという希望をコーチに伝えると、週2回、上半身と下半身にわけて、筋トレをするように指導をうけました。
食事内容も書き出すように教わり、無謀に揚げ物やビールを飲むことは控えました。
最初の1年で10kgのダイエットに成功しました。
一回、ジムのコーチから「ボディビル大会に出てみないか?」と声をかけていただきましたが、ダイエットの食事内容が厳しすぎるのと、周りの女子選手が大会に出た後、無理なダイエットで身体を壊すのを見ていたので、辞退させてもらいました。
練習自体は楽しくでき、ボディビル大会にも応援に行けて雰囲気も良く、素晴らしいジムでした。
◆新潟トレーニングセンター(新潟市)
新潟に帰ってから、現在もこのジムでお世話になっています。
ボディビル、筋トレ専門、パワーリフティングのフリーウエイトのあるジムとしては新潟で一番老舗のジムです。
昔、ボディビル選手だった、オーナーはジムの2階で出版系の会社を経営しており、80歳代で頑張っています。
コーチ不在の不思議なジムですが、皆さんかなりベテランで、先輩会員が最初は丁寧に指導してくれます。
こちらは昔ながらのフリーウエイトがたくさんあり、パワーリフティングの3種目、スクワット、ベンチプレス、デッドリフトが思う存分練習できます。
他のジムから移ってきて新潟県ボディビル大会で優勝した方が多数存在します。
一般的なきれいなジムで最新のマシーンがたくさんあるようなところに比べると、このジムは
正直汚くて古いので面食らうと思います。
そのかわり、一般には大声が禁止されたり、マシーンやウエイトも静かに扱う規則が厳しいトレーニングジムは多いところ、その禁止がないのがうれしいです。
例えば重い重量を扱う時の「うーっ!」とか大声、フリーウエイトがドスンと落とす音などはこのジムはOKです。
有力選手は時間をあわせて、一緒にトレーニングしたり、ポージングを確認したり、切磋琢磨していることが良い刺激になり、好成績に繋がっているようです。
現在の新潟のボディビル連盟の理事長もこちらのジムで和気藹々とトレーニングに励んでいます。
◆ヨガ、ストレッチ系
近所に新潟市の体育館があり、2018年から2022年くらいまで、ヨガサークルに参加して、週1回、1時間くらいヨガを習いました。
私は当時、50代後半くらいから参加したのですが、私より先輩の60代~70代の女性の方が多かったです。
ゆっくり体を動かすこと、鼻からゆっくり息を吸い、2倍くらいの時間をかけて、息を吐くと身体が芯からほぐしてくれているようで心地良かったです。
ヨガサークルは会員が減ったことで解散となったのですが、今度は体育館が主催する、「ヨガレッチ」という教室にはいりました。
これは、ヨガとストレッチの良いところ取りの体操教室で、ヨガの立ちポーズはなく、マットに座ったり寝転んで行うストレッチなので、身体に負担をかけず、楽に運動できました。
現在はシルバー人材センターの仕事をはじめたために時間がとれずに、ヨガやストレッチ系のトレーニングはやれていないのですが、また単発でできるコースを探して取り組んでみたいです。






